全人代で異例の自己批判に徹した中国政府の新に
 全人代(全国人民代表大会)が3月5日に開幕した。日本の国会にあたるが、日本よりも大変重要視されている大会である。この大会で発表された政策内容は、産業に直接影響する。そのため各産業界関係者だけでなく株式投資家たちの間でも、全人代の直前にはさまざまな政策の噂も流れ株価が揺れるのもそのせいである。当日は一言ならずとも聞き漏らさない、といわんばかりに情報収集に精を出す。昨年は農業改善のための政策が発表され、農業関連企業には歓迎され、株価はすぐに上昇した。それだけ影響力がある、見逃してはならない大会なのである。
 今回の大会には、地元のマスコミも驚いた。温家宝首相が自身の政府活動報告について、自己批判ばかりを延々と長時間盛り込み発表したのだ。中国人にとっては通常、謝罪することは自己の過ちすべてを認めることであり、人生において最大のマイナスである。その謝罪内容をさらに追及され、政権を揺るがすことにもなりかねない。地元の新聞である中国新聞社は「異例の自己批判」と指摘した。
 日本では「食品問題の改善について発表した」とマスコミに流れたが、実際に謝罪したのは食品のことだけではない。
 以下それぞれの謝罪の内容と日本と比較してまとめてみた。
1)汚職事件・官僚による権力の悪用などでの政府の責任
 日本でも年金問題や食品問題において、厚生労働省や農林水産省などの責任の所在が曖昧なため、問題の早期解決がなされていない。中国の場合も同じだ。中央政府における構造問題に加えて、財政難に陥っている地方政府の問題がある。そして、共産主義国家ならではの官僚主義は、その権力と圧力の大きさにおいて、日本よりも激しい。
 私も実際に目の前で何度も官僚の権力を思い知らされたことがある。人民銀行(日本の日本銀行にあたる)がほかの銀行へ与える力は強く、中国銀行へのインタビュー取材などは人民銀行の一言でOKがでた。逆に、民間の有名な企業の訪問インタビュー取材では、地方政府の一言で予約のアポイントメントを却下されたことがある。つまり民間企業や外資企業が増え、市場経済に移りつつある今、地方政府関係者も行き場のなくなる自分たちの将来へあせりを感じているのである。ここ数年、汚職事件が摘発されてはいるが、改めて温家宝首相がこの点を指摘し認めたことは驚きである
全人代で異例の自己批判に徹した中国政府の真意
2)一部職員の奉仕意識と能力の低さ

 中国人はチームワークよりも個人の能力を自尊している傾向があり、その能力の低さを話題に出し認めることも異例である。これは、効率の悪い国営企業が淘汰されることを意味している。特にサービス業などは洗練されておらず、早急な改善がみられない限りは北京オリンピックでの海外からの観光客を通じて、中国の不評がさらに広がることになる。
3)権力に対する監督と制約メカニズムの不健全さ
 市場経済は進みつつあるが、実際には先進諸国に比較すると完全ではない。政策によって市場が動いているのが実態であり、株価も経済成長には比例していない。需要と供給のバランスがとれていないため表向きは経済が成長しているように見えても、多くの在庫を抱えた産業ばかりである。この点は民主化が進行中の国においては同じことが起きている傾向にあるが、中国の場合は生産量も世界一の場合が多く、その影響力は計り知れない。
4)虚偽の報告
 中国の株式市場の時価総額はますます拡大している。今後も世界において巨大な市場になることが見込まれている。しかしながら各企業のコーポレートガバナンスは徹底しておらず、粉飾決算なども目立つ。会計基準も国際基準と中国式とがあるが、中国の場合は市場が大きいため、今後はさらなる外国人投資家の厳しい目が向けられるだろう。
日本企業においても虚偽事件は多発しているが、中国は日本よりも企業倫理そのものの教育と問題意識も少なく、また規制が厳しくないこともあげられる。模倣品問題など多くの問題を抱えている中国は企業の改善には多くの時間がかかるだろう。国民の不満をこれ以上
拡大させたくない中国政府
 しかし、温首相がなぜこんなに自己批判に徹したのか?
 中国政府には、反省すること=問題を率直に認める→解決へ取り組んでいると見せたい、という思惑がある。
 物価高で生活が苦しくなる国民の間には、いっこうに経済政策の効果があがらない政府への不満が爆発している。その証拠に、財政収入の中で個人所得税収が占める割合が拡大している現状を改善しようと、個人所得税率の引き下げも検討されている。
 農村だけでなく都市部でもインフレのせいで生活苦に陥っている層が増えている。そういった国民の負担を軽くするためにも、政府が努力している姿勢をみせたいのだろう。北京オリンピック開催を控え、不満分子のデモを拡大させないための戦略といえる。