スピルバーグ監督の五輪芸術顧問辞任と米大統領
 人民元切り上げ圧力をかけ続けるなど、中国に対してこれまで厳しい姿勢を貫いてきた米ブッシュ大統領だが、最近そのトーンがダウンしているのは、北京五輪という大イベント開催が間近に迫っている中国を慮ってのことだろうか。このたび北京五輪の芸術顧問を退いたスピルバーグ監督に関しても大統領は、「私だったら絶対に同じやり方はしない」「スピルバーグ氏とは違うやり方で中国側に働きかけるつもりだ」などと批判的に語っているのだが、これはどういうわけだろうか。
 たしかにオリンピックと政治は、大統領がいうように、結びつけられるべきではない。しかしスピルバーグ監督にとっては、このたびの芸術顧問辞任は精一杯の抵抗だった。何に対しての抵抗だったかというと、表面的には中国政府にではあるが、少なくとも私には、むしろブッシュ大統領に対してではなかったかと思えてならない。
 ご存知のようにスーダン西部のダルフール地域では、政府と反政府勢力の紛争が2003年以来続いている。このダルフール紛争ではすでに20万人以上の住民が殺され、約250万人の難民がでていると伝えられている。実は欧米各国には、中国政府がそのスーダン政府に対して武器輸出などで間接的な紛争支援を行っているとして、北京五輪ボイコットを呼びかける団体が無数にあるのだ。
 スピルバーグ監督は07年4月、このダルフール問題を収拾するために中国がスーダン政府に圧力をかけるよう、胡錦濤主席に書簡を送っていた。スーダン政府は国連の忠告には耳を傾けないが、中国のいうことなら聞くかもしれないという期待からだ。ところがその期待は裏切られた。中国は「国連やアフリカ連合と協力して、ダルフール情勢安定のための支援活動や資金援助をしてきた」と主張するのみで、スーダン政府との関係は緊密に維持したままなのである。
 その背景に中国の石油戦略があるのは確かだろう。中国が2007年1-5月にスーダンから輸入した石油は470万トンと前年の5倍に急増しており、中国石油天然気集団(ペトロチャイナ)もスーダンの国営石油会社Sundapet社など石油関連企業2社に大規模な投資を行っている。その結果、中国はスーダンの石油産出量の実に約70%を輸入するに至っているのだ。
 上述の市民団体の目に、中国はスーダンから石油を輸入し、その見返りに武器を輸出していると映っても仕方がないのである。これまでスーダンで資源開発を進めていたヨーロッパ企業は紛争と人権侵害問題が深刻になったためにその手をひいたが、中国は目的を達成するためなら手段にこだわらないのかという論調もある。
 しかし米ブッシュ大統領はこのダルフール問題に対しては必ずしも有効な手を打っているとはいえず、中国政府に対しても強面で臨んでいるわけでもない。スピルバーグ監督は、むしろそんな大統領に業を煮やして、あえて五輪と政治を結びつける挙に出たのではないだろうか。だとすれば彼の北京五輪芸術顧問辞任というパフォーマンスは、なによりもブッシュ大統領に対するメッセージなのである。
 そのメッセージはおそらく、冒頭に引いた大統領の感情的ともとれる発言をみる限り、確実に届いているはずだ